MARIO BAUZA
& his Afro-Cuban Jazz Orchestra


My Time Is Now

1993 [messidor 15824-2]
 ビッグバンド、アフロキューバン・ジャズ、マンボ...。こんなキーワードから、皆さんはどのようなアーティストを思い浮かべるだろうか。マチート、ティト・プエンテなどが主だったところであろう。
 アフロ・キューバン・ジャズの生みの親として有名なマリオ・バウサは1911年ハバナの生まれである。幼いときからオーボエ/クラリネットを学び、12歳のときにはハバナ・フィルハーモニックで吹いていたという。16歳のとき在籍していたアントニオ・マリア・ロメウのチャランガ・バンドがレコーディングのためニューヨークを訪れたとき、マリオ・バウサはジャズに大きな衝撃を受けたという。
 1930年代、ジャズをプレイするためにニューヨークに移住したバウサは、トランペット/サックス奏者として数々のラテンバンドを経て1933年にチック・ウェッブ楽団、そして1938年にキャブ・キャロウェイの楽団に籍を置くことになる。若きディジー・ガレスピーと知り合ったのもこの頃。
 1940年、バウサは義理の兄で幼なじみのマチート(バウサの奥方の兄)と一緒にアフロ・キューバンズを結成。43年に代表曲「タンガ」を発表、アフロ・キューバンとジャズを見事に融合させた最初の録音と賞賛される。当アルバムでも歌っているマチートのもう一人の妹で、キューバの女性グループ、オルケスタ・アナカオーナ出身のグラシエラと知り合ったのもこの年である。
 華やかな道をたどったアフロ・キューバンズは70年代半ばに分裂し、80年代ほとんどリタイア気味であったマリオ・バウサは、80年代後半から他界する93年まで、立て続けにアルバムを発表する。当アルバムもその1枚だが、そこに見られるメンバーの顔ぶれは、ニューヨークを代表する腕利きミュージシャンたちだ。マチートの活躍の影に隠れた、マリオ・バウサの功績に対する、次世代アーティストの敬意に満ちた演奏である。(1997.10 SY)