DIVA NORIKO

DIVA NORIKO "NORIKO"
UNO (UNOCD-006)
 先頃ベネズエラ時代のレコーディング『Noriko』を10年の歳月を経て国内で初リリースした、ディーバ・ノリコ。メレンゲ界の敏腕プロデューサー、マヌエル・テハーダの仕切による、快適度満点のトロピカルなアルバム。オトナを感じさせる現在のディーバ・ノリコではなく、良い意味でギラついた魅力を感じさせる歌声だ。
 ところで現在ほどラテンやサルサといったものの認知度が高かったわけでもない時代に、どうして彼女はラテンを歌おうと思ったのだろう。きっかけを与えるような衝撃的な曲、あるいはアーティストは一体誰だったのだろうか。
 「私の場合はセリア&ジョニーのLPね。ショックでした。その当時はもう私は歌っていて、もちろん様々なラテンを知っていたし、日本人がメキシコの音楽とかを歌うことも珍しくはなかったけれど、そういったラテン・スタンダードにはあまり興味がなかったんです。でもセリア・クルースを聴いて『ああ、こういったラテンもあるんだ』と思ったのがすべてのスタートです」
 ピカピカのトロピカル・チューンが詰まった復刻CDについて。このアルバムには、キューバの人気歌手パウリートFGが書き下ろした「Que Pudo Pasar」という曲が収録されている。ディーバ・ノリコは、このアルバムを収録したベネズエラ以前にはキューバに住んでいたようだけれど、パウリートとはその頃から親交ということらしいのだが。
 「まだキューバには日本からの留学生が二人しかいなかったような時代に、サンティアゴでライブをやっていたパウリートと話す機会ができました。そのときにキューバでの仕事に関して相談をして、ハバナへ戻ってしばらく後に仕事をもらえるようになったんです。パウリートたちも頻繁に仕事を抱えていたわけでもないですが、いろいろなところにねじ込んでもらいました。それから仕事に関しては、パウリート以前に故ページョ“エル・アフロカーン”と知り合いだったので、彼にも歌う機会を与えてもらってました」
 ハバナでパウリートによる「Que Pudo Pasar」を録音したディーバ・ノリコは、それをデモテープ代わりにベネズエラへ乗り込み、結果的に現地ソニーミュージックと契約にこぎ着け、このアルバムのリリースに至った。しかしこのアルバム、日本人が取り組むような仕事としては珍しくトロピカル指向の突き抜けた作品だけれど、バチャータなんかを歌うことに戸惑いはなかったのだろうか。
 「結局いろいろな経緯があって、プロデューサーがマヌエル・テハーダに決まったので、サルサ路線じゃなく、私には初めてのメレンゲやバチャータも収録したトロピカルなアルバムに仕上がりました。強い頭打ちのメレンゲ、バチャータは一番難しかったわ…。でもとても良い経験でした」
 当初のイメージとはどうやら違った作品だったようだが「今考えると結果的に面白い作品に仕上がった」と彼女は続ける。
 ベネズエラ経済の下降という理由もあって、マーケットに限界を感じたディーバ・ノリコは、活動の場をマイアミへと移す。キューバ人が上層を占める難しいこの地の音楽社会だけど。
 「確かにやりづらい部分は多かった。でも、ジョバンニ・イダルゴ、チェイート・キニョーネスやエドウィン・ボニージャとか色々な人と共演できたのが、とてもプラスになったと思います。彼らはプエルトリカンだけれど、マイアミできちんと働いていけてるのは素晴らしいことだと思いますね。ルイス・エンリケにしても、色々試行錯誤しているみたいだけど、ちゃんと彼の良いところは所々に表れてるし。あの時代に知り合った人たちは本当に優秀だったんだな、と感じています」
 フットワークも軽快に、数多くの経験を積んできたディーバ・ノリコにとって、このアルバムのアピールすべきポイントは?
 「とても聴きやすいと思います。サルサはプエルトリコで録音、メレンゲやバチャータはドミニカ共和国で録音、と現地の一流のミュージシャンたちを使った、しっかりした音です。皆さんが聴いて『心地が良いな』と思ってくれるのが一番です」
 リアルタイムの彼女の歌声は、ゲストとして様々なCDで聴くことは可能だが、待たれるのは彼女名義の作品。何といっても日本には数少ない“歌える”ラテン・シンガーなのだから。

2003.10.9 at Shibuya
Interview & text: Seiji Yamaguchi