JUSTO ALMARIO

 1970年代のモンゴ・サンタマリアのディレクターとして知名度を上げ、以後ジャズ/フュージョンのみならず、クラシック、ポップス、ニューエイジ他、プラシド・ドミンゴからジェニファー・ロペスまで、数多くのシーンで活躍するリード奏者、フスト・アルマリオ。LAを拠点にしているとはいえ、テクニックと知識に裏付けられた彼の柔軟なプレイに頼るミュージシャンは多く、ポンチョ・サンチェスからカチャオ、ウンベルト・ラミレス、フランシスコ・アグアベージャまで、行動範囲も広い。
 彼のスキルが大きく反映されているプロジェクトに「トルー」がある。ペルー出身のドラマー、アレックス・アクーニャと共にリーダーを務め、LAの敏腕が集結したラテンジャズ/フュージョン・グループだ。1983年の結成だが本格的な活動はここ数年になってからのこと。1998年に『RUMBERO'S POETRY』、2002年に『BONGO DE VAN GOGH』と、2枚のアルバムをリリースしている。「トルー」というのはフスト・アルマリオの生まれ故郷、コロンビア北部の街の名前。彼の音楽的な礎は、この地での父親の影響にあるという。
 「私が生まれ育ったのは、カリブ海沿岸の田舎町。電気もないようなところだったんだ。だから音楽に接するといえば、まずストリート・ミュージシャンたちによる演奏によるものだったんだ。クンビアやバジェナートなんかを聞いて育ったんだよ。そして、父親がパーカッショニストだったから、バンドの練習風景なんかをよく見ていた。祖母の家でね。近所の子たちがサッカーに誘いに来ても、父親たちの練習を見ているほうが楽しかった。」
 サックス、クラリネット、フルートなど様々な楽器を操る彼が最初にタッチしたのは、やはり父親の影響でコンガだったという。
 「でもね、父親は私にメロディー楽器を演らせたかったんだ。偏見だと思うけど、パーカッションよりもそっちのほうが収入が良い、といった風潮があってね。」
 さて、盟友アレックス・アクーニャとは、トルー以外でも古くから様々な場面で名を並べているが、いつ頃から共演するようになったのだろうか。
 「確か1974年のこと、私がモンゴ・サンタマリアのグループにいたときに、プエルトリコに公演に行ったんだ。アレックス・アクーニャは当時プエルトリコに住んでいて、そのときに意気投合したんだ。その後アレックス・アクーニャはラスベガスに移住したけれど、1980年にLAで再会した。グループ〈コイノニア〉で二人ともメンバーとして働くようになったんだよ。トルーを始めようと思ったのは、当時西海岸ではダンスをするためのラテン音楽はあっても、ミュージシャンたちがインプロビゼーションを発揮するような機会が少なかったから。でもお互い様々な仕事を抱えていたから、あくまで単発的なものだった。」
 バークレー大卒業後すぐにモンゴ・サンタマリアに見いだされ、以後輝かしい戦歴を誇る彼に影響を及ぼしてきた音楽とは。
 「キャノンボール・アダレイ、ジョン・コルトレーン、デューク・エリントン… セリア・クルース&ソノーラ・マタンセーラ。ブラジル音楽もよく聴くしクラシックも。とにかくいろいろだね。自分はこれまでもこれからも生徒だし、いろんなものに影響を受けるよ。」
 豊富な演奏法と研ぎ澄まされた美しいサウンドは、こうした音楽への献身的な姿勢が生み出しているのだろう。
 今回、シーラE. &ファミリーのサポートメンバーとして来日したフスト・アルマリオ。そのステージからも彼の陽気な人物像を覗くことが出来たと思うが、身振り手振りを交え、ときに歌いながらのインタビューのお茶目な応対も印象的だった。

2002.8.14 at Hilton Tokyo
Interview & text: Seiji Yamaguchi
Thanks: Blue Note Tokyo, Sayako Higashitsuji