WAYNE GORBEA

Wayne Gorbea's Salsa Picante
"Fiesta En El Bronx"(Shanachie)
 ソネーロス・デル・バリオやスパニッシュ・ハーレム・オーケストラに代表されるような、オールドスクール系サウンドのリバイバルにあって、マンハッタン生まれのプエルトリコ人ピアニスト、ウェイン・ゴルベア率いるサルサ・ピカンテもまた、ニューヨークを象徴するサウンドを特徴とする、近頃元気なバンドである。どうもウェイン本人は“オールドスクール”と呼ばれることをあまり好んでいないようなのだが…。
 元々ウェイン・ゴルベアはハイスクール時代にバイオリンやトランペットをいじっていたようだけれど、どういった理由でピアノを担当するようになったのだろうか。
 「バイオリン、トランペット、コンガ…皆それぞれに重要な役割を持った楽器であることには違いないんだけれど、ピアノはその楽器だけで完結できることが魅力に感じたんだ。でも、当時のバンドにピアノがいなかったというのが直接のきっかけなんだよ」
 ピアノを弾き始めた頃はチャーリー・パルミエリ、エディ・パルミエリとかをコピーしていたらしいけど、影響を受けたピアニストもこの二人?
 「そう。ペルチン、リリ・マルティネス〜ラリー・ハーロウ…影響を受けたピアニストは多いけど、特にその二人には開眼させられたね」

 チャーリー・パルミエリのバンドや当時のウェイン・ゴルベアのバンドのセッションが収録されている、ラジオ局で録音された80年代半ばの『The Montuno Sessions』は、アフロカリビアン・ルーツを意識した印象的なアルバムだが。
 「あれは自発的に行われたセッションなんだ。儲けようとか有名になろうとか、そういったものじゃなくて、そろそろやるべきときが来たんじゃないか、と。必然に駆られて“Tumba Palo Cucuye”という曲を演奏したんだ。当時の残っていたテープとかを編集してイギリスのレーベルが発売したんだね」
 ところで、セッションマンとして一緒にプレイしてみたい人、サルサ・ピカンテに迎えたいゲストとかはいるのだろうか。
 「いないよ。メンバーは個々に経験を積んできて、彼らのスキルの組み合わせが美味しい風味をもたらしていると自分は考えているんだ。有名なアーティストを迎えて次のステップに進むんじゃなくて、ひとつのファミリーとしてレベルアップしていくことを望んでいる。メンバー同士尊敬し合ってるんだ」
 続けて、いままでのレコーディングでの夏らしい面白いエピソードを話してくれた。
 「不思議なことがあるんだよ。ロングアイランドのスタジオのあるレコーディング・エンジニアが亡くなって、それを引き継いだ人間と仕事をしていたんだけれど、色々とアクシデントが起こるんだ。録れているはずの音が飛んでいたり、聴き返すとちゃんと録れていたり。そうだ、イギリスのBBCスタジオでも似たようなことがあったな。メンバーのフアン・ロドリゲスのカウベルの音がスタジオ中響いていたにも関わらず、録音されていないんだ。結局彼だけ重ね録りになったんだよ」
 決して変わったものは出さないが、誰からも愛される味を提供する。さながら下町の寿司職人や定食屋の主の面もちで「自分たちは何か目標や予定を持って動くタイプじゃないんだ」とウェインは言う。そしてつぶやくようにこう続けた。
 「でも、プエルトリコで演奏したいな。プエルトリコ、プエルトリコ、プエルトリコ…」

※実はウェイン・ゴルベア本人の他にサルサ・ピカンテのメンバーも数人同席していたのだけれど、そのうちのネルソン・ゴンサレス氏とは以前にメールのやりとりをしたことがあって、私は彼が歌手であることもピカンテのメンバーとして来日することも知らなかったが、彼が名前を覚えていてくれて、お互いにビックリして笑ってしまった。「有名なトレス奏者と同じ名前だね」とか、何だか失礼なメールを送ったような気がして、どうも恥ずかしい。

2004.8.1 at Shinkiba Coast
Interview & text: Seiji Yamaguchi
Junko Shimizu, Salsa Quimbombo Project, New York Salsa Congress